まえがき

かぞくは、いっぽんの木。
民なる人びとの、かぞくは土着。
のびる幹は、おおいにのびて、
とどまる枝は、ちいさくのびる。

それぞれの枝や幹がざわざわと
かかわり、感じあい、つながりあっている。
根っこはずんずん土のなかへふかく、ふかく。

血縁のあるなしにかかわらず、
根粒菌がつくと、どんどんのびて、
森のほかの木々たちとも共生する
そして、なんども、水をのむ。
いっしょにごはんをたべる。
そして土着のかぞくになる。
おなじ水、栄養だけじゃなく、
おなじ元気の気がからだにはいって、
かぞくは響きあう。

土着のかぞくの木になる。

土着的に生きるためのものつくり。
いつも根っこにあるのは、山岳少数民族のくらしのうつくしさ。
わたしたちが、気もちよく生きるために、ひつようなものつくり。
フォークロアな服。もんぺ。畑シャツ。
みつばちブラウス。農婦のまえかけ。
そして、生きるために、つくるために、土着な知恵をつたえあう。

コロナの世界とはべつに、
じぶんの世界に、土に根をはり、軸をもって生きよう。
わたしたちのぐるりの自然は、うつくしさに満ちている。
じぶんの土の道具と智慧をもち、
アナキズムとフェミニズムの土着的な思想で国にたよらず、
じぶんのぐるりとつながり、種まきする。
共感するパンクななかまと、共有する社会をつくる。
生きるためのフォークロア、くらしがしごとが、
これからは世界にひろがってゆく。

 

旅や音楽、酒やライブやつどうこと
政府がいくら禁止しても、いまひつようなことは、
人びとに自由と解放をもたらす、土着の芸術やアート。
こころゆさぶるものつくりが、いまこそ、ほんとうに、ひつよう。

1. 土着のかぞくのつくりかた

おおきなかぞく
ちいさなかぞく
かぞくのかたち
いそうろう、弟子、旅人
いろんなひとのいるかぞく
ひらかれた土着のかぞくをめざして。

わたしとテッペイ

パンクなテッペイと出会った。愛しあって、子どもがうまれた。そのころから、かぞくってなんだろうと、考えはじめた。ふたりのくらしができるまえに、やってきた子ども。
はじまりはちいさなかぞく。わたしとテッペイ。かぞくは、カオス、土着的で、混沌だ。国も政府も主義主張も、思想もかんけいなくいきなりな感じで、くらしがやってきた。わたしにとって、赤ちゃんをそだてることは、こうだからこう、あたりまえのお題目が通用しないってことだった。赤ちゃんは、とつぜん、吐いたり、熱をだしたり、ひきつけたりする。寝たきりだった赤ちゃんがとつぜん、ごろりとおちてきたり、寝返りしたり、はいはいしたり。もう、赤ちゃんの存在じたいが、土着だし、原始だし、パンクだし、アナキズムだ。じぶんの感覚や感情を自由に解放していないと、つきあっていくのが、もう無理!ってなる。

うんち、しっこ、ごはん、
汚れたおむつがたまる

おうちのなかが、とっちらかる。そうなると、わたしもテッペイのこころも、めちゃくちゃになる。パンクでアナキストの赤ちゃんのエネルギーはすごいもんだ。ぐいぐい、ひとの髪をひっぱり、手をつかみ、なんでも、口にいれて確認する。赤ちゃんのまえではパンクなテッペイもひるむし、わたしの土着もアナキズムもへなちょこだ。
いろんなひとの手をかりて、やっと、くらしのリズムができてきて、ほっとするまもなく、そのころから、いったい、かぞくってなんだろうと、このパンクなアナキズム状態の混沌について考えはじめました。わたしやテッペイ、ふたりのやりたいことは、赤ちゃんという、じかんどろぼうに、もっていかれる。

わたしは、子どもが生まれてしばらくすると、テッペイとおなじようにじぶんのちくちくつくるしごとがしたくなった。どうくらしのしごとを分担するかで、ぐちゃぐちゃなぎろん。こんどは、わたしとテッペイがパンクでアナキスト状態になった。テッペイは陶芸の、わたしは布のしごとが、はじまったばかり。子育ての混沌から、わたしやテッペイのしごとの混沌。パンクでアナーキーな混沌かぞくがはじまった!子育ては楽しいけれど、どろどろ、でろでろ、そればかりじゃない。
かぞくは、いっしょにくらしたい。そう強くおもった。それにはわたしの育った環境というわけがあった。

わたしの育ったかぞく

父のいない家庭だった。小学3年生のころ、父を空港に見送りにいった鮮明な記憶。しごとで台湾や韓国や中国やマレーシアに単身赴任。父は半年たつと意気揚々とアジアの国々の写真とともに家に帰ってきてはまたでかけていきました。中国語の練習のカセットテープの音。アジアの干し肉や干したくだものやスイカやかぼちゃのたね。さまざまなおみやげからは、異国の匂い。
父が単身赴任ででかけて5、6年たったころ、母が入院。母の精神になにかしらの変化がおきたのだった。父がいなくても、かぞくはかていを営むことができていた。でも母がいなくなると、たべものがなくなり、洗濯物がたまり、そうじができなくて、とっちらかった。そして、とうとう生活がたちゆかなくなり、父に手紙をかきました。でもまだ、帰国するわけにはいかないという。
つぎに父がたのんだお手伝いさんがやってきました。チーズのはいったお寿司や、赤いウインナー炒めばかり。いままでのたべものとは、なにかがちがうのでした。母の料理には、愛情のようなもの、気もちがこもっていたのです。弟は見知らぬ家政婦さんがくるのをいやがり、かぎをかけて、閉じこもった。そこで父にもういちど手紙をかき、この状況を訴えました。
そうして、弟とふたりのかぞくのかていか、親からの自立です。中学生のじぶんたちで、ごはんをつくりはじめました。父は『暮しの手帖おそうざい十二ヶ月』の洋食と和食の2冊を送ってくれました。
そこで、わたしと弟は、その本のレシピをみながら、ごはんをつくりはじめた。近くに親戚がいるわけでもなく、ひととのつながりがなくて、不安な日々。でもさみしさというより、こどもだけで生活がなりたつことに自信をもちはじめました。意外にもやればできる!おとなのひとにたよらなくとも、こどもたちだけで生きていけると実感したのです。
でもおいしいたべものには、たえず飢えていました。おいしいものがたべたくて、わたしも弟も中学生のうちから包丁をもち、料理をはじめたのです。愛情のないたべものは、おなかはふくらんでも、こころが満たされないと知らされました。
こういう経験から、かぞくはたべものでつながっていると直感したのです。そして、かぞくは閉ざされているより、社会にひらかれていたほうがいい。もんだいがおきたときにだれかと解決できるよう。風とおしがよく、だれもがかぞくになれるよう。でもかぞくがいちばんってわけじゃなく。だれしもが共同体のかぞくみたいなイメージで。
こんどは、わたしがかぞくをつくり、こどもがふたりになるころには、だれかしら、いそうろうのひとがいるかぞくになりました。
わたしの仕事場をつくってくれたふんちゃん、インドへの旅で出会ったたけし、タイ人アーティストのワッサン、歩屋のあゆみちゃんにたのまれてやってきた藤井くん、テッペイがこどものころから知っている鯉江あかねさん、タスマニアからやってきたひさおとくみちゃん、気づくとテッペイとわたしの弟子もやってきはじめました。お弟子になったひと、ならなかったひと、数ヶ月工房の屋根裏にいそうろう。
ちいさな小屋ができ、2013年から2017年7月に亡くなるまでセツローさんといっしょにくらしはじめた。2019年うえのむすこの象がゆいちゃんと結婚して、竹やぶのむこうに仕事場とお家を建てました。2021年そうして孫の山象がうまれました。
やがて混沌なかぞくは、ふえたり、へったりしながら、かたちをかえてゆく。かぞくはおおきな竜みたいに、ぐるぐるうずまいて雲みたいに、かたちをかえて、つづいてゆくもの。

ちくちくしごとと畑しごと
土着の手になりたい!

ちくちくフォークロアな服つくりのあいまに種まき。畑がじょうずになり、野菜がたくさんとれるようになりたい。おおきなかぞくにたべさせるようになりたい。いくつかのかぞくがゆるやかにともにはたらきともにくらす、あたらしいコミュニテイのような村が有機的に、土着的にできると、いまのしくみをちょっとかえられるかもと夢みる。

気づくと農家みたいな
おおきなかぞく

まいにち7、8人から10人のごはん。みんなでいっしょにごはんをつくり、たべるのは、きっと、こどものころ、愛情のある、気もちのこもったたべものがなかったからだろう。いまも、だれかに、たべるものをつくってたべさせるのが、大好き。わたしの気もちをこめられるから大好き。わたしの元気のもとをみんなのからだにおくりこむかんじ。やせほそった弟子もいそうろうも、みんなここをでるときには、ふとって筋肉ができてかえっていくのが、うれしい。

土着のかぞくってなんだろう。

くらしがあるからしごともある。しごとがあるからくらしがある。混沌なかぞくとの生活が、じょじょに、根っこのあるくらしのうえにできはじめた。その根っこのうえに、テッペイのパンクとわたしのアナキズムの木が生い茂り、それがお互いの枝はちがう主義主張となり、土着の生活の源流となった。かぞくとの土着生活が、わたしとテッペイのしごとの源流。しごとだけなんて、ありえない。くらしだけなんて、ありえない。
かぞくは、くらしとしごと。かぞくの混沌があったからこそ、すべての境界をとっぱらうような土着、こんなパンクなものつくりやアナキズムの思想や方法が、世界に抗う土着の生活のつくり方が、わたしのくらしとしごとをつくってきたのだ。文字の読めないかぞくのために、本を読む。笑ったり、怒ったり、泣いたり、ぐちゃぐちゃな混沌のなかから生まれた土着のくらしとしごと。それらが、いまみんなにみえてる土着のくらし・わたしとテッペイのしごとの素にある混沌なるもの。

ひらかれた家族

ふうふ、こども、いそうろう、弟子。 いろいろな歳のひとが、知恵を紡ぎあってくらすおおきなかぞくの木の根っこには、ジェンダーのもんだいがある。山岳少数民族のフォークロアなくらしみたいに、有機的につながっていく。
セツローさんのみとりをしたとき、孫の山象くんが産まれたとき、ふっとかぞくの意味がわかった。かぞくのなかにある、生と死。「産まれると死ぬる」はいまもむかしも、かぞくのまんなかにある。わたしたちが生きることは、いつか死ぬる、さけられない根源。
いま、みえにくくなっているのは、産まれることもみとりも、すべて病院におまかせになっているから。テッペイもわたしもしごとしながらセツローさんのみとりができたのは、ケアーマネージャーさんをはじめ、いろいろな手助けがあったから。セツローさんをお風呂にいれるのは、たいへんだった。でもあるとき、介護保険のお風呂のサービスを利用してみると、若いお兄さんお姉さんと3人がかりで、やってきて、楽しそうな笑い声がきこえる。むりをするより、できないことはたのんだほうがいい。
スケジュールをあわせたのに、ふたりとも展覧会へでかけ半日、家にだれもいないときがあったけど、そんなときは訪問介護のヘルパーさんにおねがいしたりもした。

動物のかぞく、うねとたねとふく。
子ねこのそむとたむとにわとり

セツローさんは犬や猫が大好きだった。年老いたセツローさんにとって、いねやうねという犬がぴょんぴょんとびはねたり、ベッドのうえにやってくるたねという猫の存在はおおきかった。にわとり小屋にいくことはできなくても、にわとりは毎朝、鳴き声を聴かせてくれる。飛び跳ねる羽音に、「きょうは、朝早くから、ばたばたしとった」と。じぶんの足がままならないのに、にわとりのばたばたをちゃんと聞いている。
そして、きょうは聞こえなかったとざんねんがる。ひとは、イメージの世界で生きている。どんなにうごけなくなっても、にわとりの羽音にみみをすまし、にわとりのように飛んだり跳ねたりすることにひかりが見えたのかもしれない。

かぞくとフェミニズム。
それから土着のアナキズム。

かぞくは、社会のひとつの単位。ふうふは、ちいさな生活共同体。かぞくとは、どんなひともうけいれられる、おおきなふところ。本来、だれしも、ひとは、無条件な愛でうけいれられる、それが土着のアナキズム。けれど、戦前のいえ制度の根っこの思想は戸主や家父長によるかぞくの支配をあたりまえのものとしてきた。そういうところから、ぬけだしてあたらしい「かぞくのかていか」をつくろう。「性差のない世界をつくろう。」
フェミニズムは、あたりまえのことをいっている。わたしが共感するフェミニズムは西欧諸国のジェンダーフリーだけではなく、いまもむかしも戦争や暴力や家父長制に抵抗する土着のフェミニズム。それにレイプ文化とたたかう貧しいアフリカやインドやアジアの女たち、西側のフェミニストが着ている服を縫っているバングラデッシュやウイグルの女たち、イスラエルの占領に抵抗するパレスチナの女たち空爆からのがれたシリアの女たちと共感するのはフォークロアなフェミニズム。フェミニズムはもうけっして、白人の女たちのものだけじゃない。これからはきっと反グローバリズムのフェミニズムや土着のアナキズムが、かぞくを語るにちがいない。

コロナ禍で、国や政府のいっていることが、ガラガラと音をたててくずれている。もともと山岳少数民族たちは、国をもたなかった。書きことばのない社会を紡ぐことで、国に属さずにきた生粋の土着のアナキストたちだ。かれらの土着のアナキズムも、あたりまえのことをいっている。そもそも世界のはじまりには、権力をもつひとなどいない世界だった。人間がたいらに、やすらかに、おだやかに、たいせつにされる土着の世界をつくろう。

夫婦別姓

夫婦別姓です。結婚してからも早川ユミをなのっています。小野哲平と早川ユミです。もうそろそろ別姓が制度としてみとめられてもいいな。子どもが生まれてから籍を入れたので、入籍した夫婦別姓だけど、しごとをしてきた、わたしのなまえをなのりたい。なまえは、わたしじしん。いえから解放されたわたしのなまえ。

戸籍制度かぞくといえ制度

戦前、天皇を中心とする支配のかたちが、ありました。かぞくはいえ制度のまんなかにあった。いえ制度とは1898年 明治31年に制定された民法に規定された日本のかぞく制度。戦前は、家父長制度です。
現在では戦後の日本国憲法の制定にもとづき、民法の大改正によりいえ制度は廃止されました。そうして、はじめて女性がいえから解放されたのです。でもいまもあるには、ある。あるとしたら、いえといえの結婚とか、いえのしきたりとか。小野テッペイ家と早川ユミ家とか。もうやめよう。ひとりとしてのおんなを生きるように。ひとりのおんなと、おとこがかぞくをつくる。かつての父親やおとこたちの権威による秩序。でもこれからのかぞくは、たすけあい、共生、協力による土着の秩序へ。

かぞくにうけつがれる戦争の暴力
暴力は連鎖する。

あまり知られてはいなけれど第二次世界大戦の戦争の暴力。
戦場から家庭へ。軍隊のような支配。暴力は父親からかぞくへうけつがれこどもたちへと、かわることなく、かぞくのなかにひろまっている。戦争はおわっても、かぞくへの暴力へとひきつがれる。知らないうちに暴力がうけつがれたかぞくが、息をひそめて生きている。日本のかぞくのなかに家庭内暴力、DVドメスティックバイオレンス、おとこたちのおおきな声、罵倒、暴言がおおいのはなぜだろう。アンガーマネージメントのない男たち。かぞくという密室で、爆発する抑圧された感情。女やこども、弱いもののほうへむかう抑圧や暴力というハラスメント。

女やこどもへむかう暴力

おんなの自立とおとこの抑圧がまるで、比例するように。自由に解放されるおんながおんなを生きることはできてもおとこの自由と解放は、なかなかすすまない。おんなもおとこも解放されるよう、手さぐりですすみたい。軍隊から連綿とうけつがれたもの。戦後のこうしたかぞくのありようの根っこには、みえない暴力がある。戦前、中国での細菌兵器の人体実験や韓国やアジアでの従軍慰安婦のもんだいが、きちんと解決されていないから。めんめんと、みえないかぞくのこころのなかにうけつがれる。
時代がめぐり、時代がかわって、わたしたち、おんなたちは、アジアのひとびとのフォークロアな声に共感する。アジアのおんなたちが解放されますように。くりかえさないために。民主主義の時代に個人として、おんなとして、中国や韓国や台湾、アジアのおんなたちとともに土着のフェミニズムをおおきな声で!とおもう。

 

2.こどもというかぞく

お産とともにやわらかな、赤ちゃんがやってくる。おもいっきり抱きしめて、ふたりの赤ちゃんを育てた。ぐいぐい、わしわし、赤ちゃんはちいさな手でわたしやテッペイの髪や手やほっぺたやおっぱいやこころをみしっとつかんではなさない。赤ちゃんは、やすらぐ、おおいなる土着。赤ちゃんは癒してくれるけど、だけどしっかりむかいあわずには育てられない。こどものいるくらしは、みらいのじかんや時代をつくることだってわかっている。じじつそうだった。おとなは母や父であるまえに、ひとりの未熟なひとだもの。抗いたくても、おとなはちいさな土着のこどもを無条件でうけいれるしかないのだ。

わがままで、パンクなテッペイと
アナキズムなわたし

ふたりのおとなにふりまわされながら、赤ちゃんは、おおきくなった。ときどき、パンクとアナキズムのしごとがいちばんになってしまう。そんなときには「こどもがいちばん」という合言葉をつくった。そもそも子育てはいちばんたいせつなしごと。みらいの社会をつくるしごと。ひとひとりの人間をつくる、うみだす。自由に解放されたひとをうみだしたい。赤ちゃんだってパンク人間にもアナキスト人間にも土着人間にもなれる。

ふたりの男の子をそだてる

ちくちくしごとも、畑しごともやりたいことだったけれど、わたしとテッペイのあいだでは、「こどもがいちばん」と、いいながら、お互いのどちらかがしごとをするかを決めました。夢中になって、ちくちくしごとにのめりこんでも、こどもが熱をだしたり、保育園や学校をお休みすれば「こどもがいちばん」になりました。うえのこどもにチックという症状がでたのは、小学校1年生のとき。そのことをきっかけに、まずこどもの気もちによりそうことをはじめた。おとなが「ちがうよ」とか「だめ」っていうまえに、「そうだよね」と共感することばをかけること。パンクなテッペイやわたしには、なかなかすぐには、できなかったので「そうだよね運動」ってなまえをつけて、こころした。

こどもと育つわたしとテッペイ

こどもは遊びで、そだつ。まなぶ。遊びのなかで自然と親しむのです。だから遊びはだいじ。遊びのなかで、どろんこにまみれたり、なにかをつくったり、それはこどもがアナキズムをくりひろげているとき。「汚しちゃだめ!」と、おさえこむようなことばで、とめてはいけません。おとなもパンクにくわわって、どろんこになっていっしょにはじけましょう。きっと夢中になって集中力をたかめていくうち、かていのなかのさまざまな問題は、すっかり、どこかにいってしまう。だからこどものアナキズムをおさえこんだり、とめてはいけないのです。しぜんのなかで、うんとたくさんのじかんをすごし解放してあげましょう。雨の日はおうちのなかの机やいすをひっくりかえして、基地づくり。おおきなハトロン紙をはりめぐらして、絵をかきましょう。カッパを着て雨のなかで、水たまりばっしゃんという、遊びもよくした。びしょぬれになって、こんどは、お風呂へはいり、また水遊び。

こどもはだれしも
しあわせになる権利がある

母であるまえにわたしの土着的アナキズムを生きているし、父であるまえにテッペイのパンクを生きている。親は、じぶんを生きることでいっぱいな、未熟なひとでもあるのです。ヒッピーなオーストラリア人のジェーンさんが、どんなこどもにも7人のおかあさんとおとうさんをと、提案しました。「血のつながりはなくても、子どもたちが好きなおとなを7人えらんで、ろうそくに火を灯し、ごはんをたべましょう」と。よそのこどもも、じぶんのこどもとおなじように、もうひとりの母になれるように、そのために生きるってすてきだ。ぜひ愛のおくりものを。

3. 脱成長、土着の経済、おくりもの経済、ギフトエコノミー。

高知の山のてっぺんの村では、おくりもの経済が主流です。資本主義経済がなくなったって、やっていけそう。次世代の経済はおくりもの。たくさん採れたりすると、まわりのおうちにくばります。だいこんやたけのこ、なすや玉ねぎなど、いろいろなものがおくりもので、とどきます。ときどき、ちらし寿司やおとうふや、こんにゃくなんてものもありました。すべて手づくりのものです。もらってばかりではなくて、いただいたら、またお返しをします。だから村のなかで、あまっているものは、ない。ぐるぐるとたべものがまわっていることになります。これがおくりもの経済です。いまの田植えは機械にとってかわったけれど、そのむかしは、「ゆい」という田んぼのおてつだいのシステムがあったそうです。これもまたおくりもの経済、いわゆるギフトエコノミー。右肩あがりの経済成長やお金がすべての資本主義は、もう、そろそろ、おわりにちかづいてきています。
自然からの搾取、人間からの搾取。はたらいても、はたらいても、ゆたかには、ならないくらし。買うだけの消費生活ではしあわせにはなれない。そのむかし昭和30年代くらいまでかぞくのくらすおうちは、生産の現場でした。お米や野菜、漬物や梅干し、切り干し大根やみそ、衣服やわらじ、ちょっとしたものは、なんでもおうちでつくられていたのです。それが、いまや家庭は消費する場になってしまいました。お金を稼ぐために、はたらいても、はたらいても、お金、お金。でも、ゆたかなくらしは手にはいらないのです。かぞくのくらしがゆたかなのは、手でつくる、手づくりのものに、あふれていたから。くらしがうつくしく、循環するばしょだったからです。

コロナ後のみらいは、土着生活、
脱成長すこしまえのくらしにもどろう

畑で種をまき、じぶんのたべものをつくろう。ちいさな自給自足、ぶつぶつ交換やおくりもの経済、ギフトエコノミー。ともにつくり、ともにつかう、かぞくのようなコミュニティが共に産みだす社会へ。すくなくとも、水。電気、ガス、田んぼや畑など生活にひつようなもの。パンクで、アナーキーでフェミなあたらしい土着コミュニティをつくる。村は、ちいさな社会、地域の共有、共通の社会になるべきだけど、じっさいは、いまだに男社会です。村の区長は男しかなれない。おじいさんと、おじさんしかいないわけではないので、ちかい将来には、女も区長にならないと、人材不足になるはず。
わがやのいちばんのギフトエコノミーは弟子制度です。陶芸や布作家をめざすための弟子をそだてることがわたしやテッペイの次の世代へのおくりものです。

4.コロナ時代のからだ

価値観のおおきな変革 ――
お金からいのちへ。

いままでは、お金がいちばん価値あるものだった。お金がいちばんから、健康やいのちやからだがいちばんに。コロナ禍でのおおきなもんだいは、呼吸ができないことです。呼吸は、わたしたち人間の生きている根幹にかかわること。水やたべものがなくても、生きていけるけれど、呼吸が止まると生きていけないのです。マスク生活は20パーセントも体内にとりこむ酸素がへってしまう。暑い夏は、二酸化炭素を吸って、息苦しく頭痛や熱中症になりそう。そんなマスク生活をしかたなく2年もさせられています。マスクは、コロナウイルスを防ぐために役立つのでしょうか。

マスクのこどもへの影響

幼い子どもや赤ちゃんたちにとって、マスクは、表情がみえないので異様な光景です。にっこりしているか、怒っているか顔の口元がみえないのは、不安なこと。ひととのかかわりで育つこころの発達。マスクで口元がみえないから感情をよみとくことができない。幼いこどもの、こころにとってはおおきな影響があるはず。また、ウイルスがつくからと、手の消毒があたりまえになっています。手の常在菌がなくなり、わたしたちの健康を守る有益な菌も殺菌しているのかも。もともと畑で種まきして、野菜やお米を育てていると、肥料が多すぎたり、雨や泥にまみれたりするとモザイク病などのウイルスが原因の病気が発生することがある。畑はちいさな自然。わたしたち人間も自然のなかのひとりだとすると、いまのコロナウイルスは、不自然な環境に生きていることへの警告のようなものかもしれません。

不安と恐怖をあおるもの

コロナ禍でテレビや新聞は不安や恐怖を予想以上にあおっています。同調圧力は、おおくの人の不安や感情でできています。どう、コロナ禍を生きるのか。マスクやワクチンをどうかんがえるのか。じぶんのからだを病院だのみにしていると、たいへんです。からだをまるごとうけとめるためにできることはなにか。まいにち、じぶんのからだを内観すること。もしぐあいがわるくなったら、おうちでできるもうひとつの自然療法のいろいろを試してみる。足湯やお灸やテルミー温熱療法や冷えとり健康法や丹田呼吸法や老子法やヨガ。健康なからだは、いちにちではできない。まいにちの習慣のなかに、からだをつくることをとりいれています。

土着のからだをつくる-
遺伝子組み換えのもんだい


種の世界、ゲノム編集、たべものの世界の「遺伝子組み換えのもんだい」が今回のコロナワクチンにつながっています。からだも自然のいちぶ。たべものについては遺伝子組み換えじゃないものをえらぶのだからからだにとりいれるものは自然なものを。ワクチンについても勉強しましょう。遺伝子は、わたしたちのなかのからだの設計図のようなもの。過去から未来へ、自然なからだをつたえましょう。からだの元気は、もはや、わたしだけ一世代のものではなく、未来のひとたちへのおくりもの。

たべること、ねむること、お風呂。

からだをあたためる
からだをみがく-呼吸法とまいあさの老子法
ものつくりと身体性
からだの腸とくらす-微生物
爽快な生理になる-生理のお手当をつたえあう
女性であることを、生理を、肯定できるように。

じぶんのからだをじぶんでお手当てする。ただ、ただコロナウイルスをこわがるのをやめてじぶんのからだをととのえて、じぶんのちからをつける。免疫をつけるためのいろいろな方法をやってみましょう。

土着のたべもの

畑でつくる無農薬の野菜やルッコラなどの生の野菜、そしてなるべく発酵するたべものをたくさん食卓にとりいれています。よくたべているものは、
キムチ・なっとう・ぬかづけ・豆乳ヨーグルト・にんじんジュース・玄米。
からだのなか、お腹のなかが発酵菌でおおわれているようにしています。

あたためる

またコロナ禍になってから、ずっとテルミー温熱療法の施術をうけています。週に1回は全身テルミーでお手当てすることで、からだの芯があたたまり免疫力がたかまります。からだをあたためることについて『からだのーと』に詳しく書いていますが、免疫力があがるので、テルミーとまいにちの半身浴も。
冬はふとんにゆたんぽをいれます。それと老子法と冷えとり健康法。からだをあたためるたべもの、にんにくしょうがをたくさんたべる。せんねん灸や長生灸など、お灸も短い時間で手軽にできます。朝は、丹田呼吸法や按腹をまいにちしています。老子法をぜんぶやるのは、週に3、4回。

はちみつ

でかけるときははちみつをもっていっている。まいあさ、ひとさじのはちみつをなめる。

いのちの意思表示

重症化したときの治療法についてはかぞくではなしあったほうがいい。呼吸器をつけないという意思表示をしておきたい。そういうふうになったら、自分の意思で生きられない。ひととして生き、ひととして選べるうちに選んでおこう。セツローさんも亡くなるまえに、点滴も呼吸器をつけたり、モルヒネ注射をうけたくないと、延命をことわりました。延命治療は、にんげんとしての生きていることじゃないと、セツローさんはいった。そしてその2日後に亡くなった。じぶんのちからでさいごまで生きていきたい。なるべくなら、じぶんのちからで呼吸するようにしたい。意思を表明しておかないと、ぎりぎりのところでは選べない。全身麻酔で人工呼吸しながら生きているってことになる。だから家族ではなしあっておくひつようがあるとおもう。自然のいのちのかぎりでいきたい。

たべすぎないようにする

生命力の高いものをたべるアミノ酸フリー、グルテンフリーをこころがけている。からだにいれるものを気をつけるばかりじゃなく、ときどきは玄米など排毒できるたべものをとり、だすことに気をつけている。
そうやってじぶんのからだをととのえることは、じつは、ものつくりのまんなかにあることです。自分のからだをつかうことによってからだ感をもってものをつくりたい。手でつくるとおもっているけど、からだ全体でつくる、からだ感こそが、ものつくりの表現の原点。つくるものに現われているからだ、身体性。
からだとじぶんの感覚は入れ子状態。体調不良のときは感覚がおちる。感覚をとぎすますには、感覚をとおして、身体能力をつくる。
ものつくりは手やあたまでこしらえるとおもっているけど畑で草を刈るとき、ちくちく縫うとき、意識するのは、三回はいて一回吸う、三吐一吸という呼吸法。ちくちく、ちいさな縫いじゃなくて、おおきく、右手で糸をひくちからが身体能力とつながって、つくるものに反映される。
からだのうごかしかたがものつくりになる。あたまの理論優先でいくから、つまんないものになる。
にんげんのうつくしい表現には、からだ感がだいじ。いま、じぶんのからだ感が問われている。このコロナ禍で気づいたのは、資本主義の限界。コロナ後の世界はワクチンパスポートなどで、管理されていくという。資本主義後の世界は、スマートシティ構想など、思わぬ方向へ。国や政府の考えは、人間らしいくらしからはほど遠い。
もう国や政府を信じたり、依存したり、頼ったりするのは、やめる。
じぶんのくらしをつくり、土を耕し、たべものをつくるくらしをしたい。
おおきな資本に搾取されている社会。いままで見えなかったものがコロナ禍はすべてをあらわにし、みえるようになってきた。展覧会を自粛し、ライブやコンサートを自粛し、芸術の解放するちからを、なくそうとさえしている。わたしたちを解放する表現の自由がなくなっていく。民衆の声がとどかないし、きかないようにしている。
旅したり、お酒も自由にのめないくらし。そういう人間らしいくらしをなくしていくのがコロナ禍の世界。もうひとつの生き方をつくろう。くにや政府のいうことばかりきかずに、わがままな、じぶんアナキストになろう。ちいさな声のとどく、民なるひとのつくる村をつくろう。自給自足のお米から、お酒から、ちいさな旅、音楽や芸術まで。パンツから自給自足。ちいさな自給をして、脱成長、資本主義をぬけだす。資本主義後のあたらしい世界をつくる。
西側諸国の人びとが大量生産の安い衣服を着るから、バングラデシュやウイグル人が労働につかわれている。からだにいいものを自分の手でつくる、脱資本主義経済のために。

女のからだ ――
おんながおんなであることを
肯定できるように。

お産と生理のお手当て。生理が気もちよく爽快になると、わたしが女であることをうけとめられる。産むことも爽快になる。生理のお手当てはだいじ。若い人たちに生理痛の痛み止めをのむまえにもっと実践してほしい。
お産はおおきなうんち、からだに溜まったものがでるような。またお産は生き方でもあります。ひと、人間ひとりを生みだし、つくること。お産は、自然のなす、おおきな人間というものつくり。お産をとおして、生きかたを選ぶこと。
むかしは動物みたいにひとりで生んでいた。でも、いまは、おんなのわたしたちは、おんなのからだについて、なにも知らない。お産のしくみについても知る機会がない。
はじめてのお産のとき象はさかごだった。海で泳いだりしてなおしたがまたすぐさかごにもどった。常滑の山田哲夫せんせいが、手わざでなおしてくれた。ぶじにうまれて抱いたとき、感動した。
たべたものがそのまま子どものからだをつくる。その感覚が畑に似ている。畑の土は、おおきな胎盤みたい。野菜の根っこが胎盤みたいに土とつながるへその緒や根っこをたしかめながら生きることをしたい。
韓国につたわる胎盤壺。赤ちゃんが病気になったとき、乾燥した胎盤をたべさせる。母のおなかのなか、子宮のなかでつくられる胎盤。日本では、いまでもへその緒を乾燥させて桐箱にいれてとっておく。この習慣はおとなりの韓国の胎盤壺のつらなりかもしれない。いまへその緒や胎盤は企業に回収されるらしい。ワクチンやら、なにかにつかわれている。
野生の動物たちはお産のあと胎盤をたべる。脳みそ、あたまで考えてた自然観が、お産をとおしてくつがえされる。からだでわかる。それがお産の真髄だ。
おんなの生理は浄化だ。だから毎月、浄化しているおんなのからだは、きれい。とぎすまされている。
おんなのひとはからだをとおして、コロナやワクチンのもんだい、どうするか直感的にわかるんじゃないかな。おとこのひとはあたま、脳みそのひとだから、わかるかなっておもう。

5.土を着る ― 衣服の自給自足

はじまりは、じぶんの服、
そしてかぞくの服つくり

わたしの服つくりは、まずじぶんの服つくりから。つぎに、かぞくのための服をつくることころからはじまった。いまの人には信じられないかもしれないけど今から4、50年まえ、昭和30年代には母がわたしの着るものをすべてパンツからシミーズまで手づくりしていた。そのころ服を買う習慣があまりなかった。おうちのなかは衣服工場、祖母はセーターを編んではほどき、湯のしして、また編み直していた。母のつくった下着のパンツやシミーズや服は丈を直したり、穴をかがったりしてずいぶんとかぞくのあいだで着まわしました。着る人がいないと、よそのかぞくにおくりものしたりしました。むかしは、いまのように大量生産の衣服がなかったので、いちまい、いちまいの服をいとおしむように、たいせつに着たのです。

フォークロアな畑の服

畑でひつような服は、気楽にうごける服です。しゃがんだり、うでを自由にうごかせる服。もんぺやまえかけやエプロンは、種ぶくろをいれられるよう、ポケットのたくさんある服。草刈機をすると、ちいさな草のかけらが、いっぱいつくので、からだをおおう、おおきなエプロンを。むかしのひとは、ひももんぺをはいていました。畑作業のときに畑や田んぼのわきで、おしっこができるように、おしり側がべろんとだせるようになっている。土着的な服つくりがもんぺや農民服。ミレーの絵「落穂ひろい」のひとのように落穂服やまえかけのすがたがうつくしく、まえかけの使いかたなどには、現代を生きるわたしもはっとさせられる。絵のなかのように、日常の服のなかから、田んぼや畑でもこういううつくしいくらしをしたい。うつくしい服からうつくしいくらしが生まれるのかな。

しっぱいからうまれるもんぺ2

わたしのふくつくりは、しっぱいからうまれたものが、たくさんある。もんぺのあわせる方向をまちがえると、奇妙なサルエルパンツ風になるのを発見したときは、うれしくてとびあがりました。もともと、こたえのあるものつくりではないので、どんどんじぶんの自由な解放へむかって、しっぱいをくりかえすと、おもしろい発想の服ができるので、やめられないのです。

6.土から生まれる
台所のつくりかた

かぞくのためにつくるごはんは、土着のたべもの。安心してたべられる畑のものをなるべくつかってつくりたい。オーガニックなくらしが、わたしの、かぞくのからだをじょうぶにつくる。みんなにたべさせるために生命力をたかめるたべものをつくろう。土着の台所がつくる畑のごはん。まず、あたたかい日には種をまこう。じぶんの田とじぶんの畑をもちましょう。

オーガニックなお米。じゃがいも。にんじん。里芋。しょうが。たまねぎ。にんにく。ルッコラ。ほうれん草。芭蕉菜。小松菜。レタス。かぼちゃ。トマト。きゅうり。ナス。ピーマン。ししとう。唐辛子。白菜。だいこん。らっかせい。いんげん。ゴーヤー。さやえんどう。そら豆。バジル。とうがん。ズッキーニ。パセリ。セロリ。パクチー。りゅうきゅう。さつまいも。ねぎ。ニラ。みょうが。みつば。ブロッコリー。カリフラワー。あんず。すもも。くるみ。柿。みしょう柑。いちじく。ブルーベリー。はちみつ。びわ。さくらんぼ。くり。オリーブ。月桂樹の葉。梅。

台所はおうちのまんなかにつくる。みんながあつまるばしょ。かぞくのからだのおおもと。台所を消費するばしょから、生産するばしょへ土着の生活にかえていこう。台所はわたしたちふうふのパンクでアナキズムな文化の反映されたもの。なにをたべて生きてきたのかの道すじのようなもの。だからひとりひとりの台所の思想がある。
おなかへっていない?

おなかへってる?
いっしょにごはんをたべる?
セツローさんとたべる?
かぞくといっしょにたべる?
弟子たちといっしょにたべる?
友だちもいっしょにたべる?
はじめてやってきたひともたべる?
わが家ではごはんをいっしょにたべる?

みんなでつくって、
みんなでたべるのがだいじ
みんなのからだのなかに、
おなじたべものがはいって
みんなのからだが、
ごはんでつながりあうのがだいじ

生きるためにたべる
生きのこるためにたべる
未来のいのちのためにたべる
生命力のあるものをたべる
  
むつかしいはなしは、おいといて、
うまい、うまいとたべたセツローさん
たべもので、ずんずんからだがよくなって
さいごのいちにち、
いちにちをたべて長生きした
いまはいないけれど、
いつかあの柿の木の根に灰をまこう
テッペイの好きな柿の実になって
わたしたちのからだのなかにもどる
 
たべものの循環
土はあたたかい循環
いのちをめぐる循環
たべものとからだの循環
いつかわたしも種のように土に還る
生きものとしてのわたしの
土着を生きるために

縄文時代にたべていた
栗や里芋をたべる


木のぼりして
もぎたてを
汁をしたたらせながらたべる
畑で種まきしたものを
とってきてすぐたべる
種のまわりをむしゃむしゃたべる

生きものとしてたべる
生きものとして手でつくる
生きものとして手でたべる
手でつくるとおいしい
手でくるくるかきまぜてつくる
手をスプーンみたいに丸めてたべる
手をつかってたべるのは、たのしい
   
ごはんの手しごとは
生きるためのしごと
なんでも手でつくるとおいしくなる
ぬか漬けだって、梅干しだって、
みそだって、らっきょうだって
海苔の佃煮だって、キムチだって。
手にはおいしくなるひみつがある。
 
むかしのひとのように手でつくる
買ってくるとカンタンだけど
いまの家庭は消費するばしょだから
むかしのように家庭を
生産のばしょにとりもどそう
つくるとごはんは、
とくべつにおいしくなる

わたしの食べることの原点

タイの東北地方イサーンのスリンの村を旅しました。みずしらずのわたしを、日本(イープン)からきたのかとニコニコしながら「ヒューマイ?ギンカーオ」おなかすいていない?ごはんたべる?とごはんにさそってくれました。村人のおひるごはんは辛いスープと蒸したもち米。
手に手渡された、もち米をもんで、餅のようにして、辛いナムブリックをつけてたべるとおいしい。ひとつのおおきなお椀のスープをめいめいのレンゲですくってたべるのです。「ペッマイ?」辛いときかれて、辛いというと、みんなでげらげら笑い、そうしてたべたごはんが、いまのわたしのからだや気もちをつくっていて、ごはんをつくるときの礎になっています。ゆたかではない、村人のくらしのなかで、ごはんはみんなでわけて、たべるものだとほんとうのゆたかさを学んだ、村人のごはんでした。
土着的なたべもの

畑に種まきし、まいにち土にふれているとわたしの腸と土は似ているなとおもうようになりました。からだも土も、ひとつの循環のわのなかにあるからです。土の循環があり、畑のなかの循環があり、腸の循環があります。
さいしょは、土がかたくて、ちいさな野菜しかできなかったのですが、耕さずに種まきするうち、土のなかに微生物がふえ、みみずがふえ、虫たちがいっぱいになる。土がふかふかになり、生き生きしてきます。こうして野菜もどんどん、実りがよくなります。すると野菜のもつ生命力がわたしのからだのなかにはいって、からだそのものが、エネルギーにみちてくるのです。
腸もまた、いろんな微生物や発酵菌によって、からだのぐあいと循環のわのなかにあります。腸と土は、微生物によってつながっています。だからたべたものが、わたしのからだになるのだと実感しました。
たべたものによって、気もちの変化があるのは、こころと腸は、つながっていて、腸のなかのセロトニンの環境によるものだから。

オーガニックなたべもの――
一物ぜんたいをたべる

オーガニックなたべものは、生命力にあふれていてまるごと安心してたべられます。からだのなかにとりいれる野菜の安全がだいじ。農薬がかかってるかとか、化学肥料で育っているかとかまたまた遺伝子組み換えの種もあるから安心、安全なたべものをどう手にいれるかをかんがえたい。ちいさくてもいいから、じぶんの畑をもって、種まきからはじめましょう。じぶんのつくる野菜はじぶんのからだのサインを記憶するというくだりが「アナスタシア」という本の種まきのところに書いてありました。まず種まきするまえに、じぶんの口のなかにいれて、唾液をしませるのです。そうすると、植物は種をまくひとにひつような栄養をつくるようになる。
食養のかんがえに一物ぜんたいというものがあります。玄米は種。種のぜんたい、まるごとをたべることによってその植物のエネルギー全体をたべる、栄養にするってことになるのです。そのかんがえでいくと、わたしたちは、精製したり、精白したり、植物を加工してそのいちぶだけをたべています。そういうたべものは、たいてい発芽しませんし、一物ぜんたいではないのです。

おいしいたべもの

たべものつくりで、気をつけていることは、おいしそうに、つくること。旬のものを、なるべく手をくわえないで、生でさっとゆがいたり、焼いたりしてたべる。おいしくたべることのなかには、うつわもだいじ。うつわ使いで、おいしくみえたり、みえなかったり。大きめのうつわにもりつけることが、おいしくみえるコツ。

発酵するたべもの、キムチとサワー

まいにちたべるもののなかにキムチや納豆やザワークラウトを。発酵するものをたべていると、からだの免疫力がたかまり、からだぜんたいが常在菌に守られます。

タイごはんとインドごはん

旅にでかけられないので、タイごはんやインドごはんをたっぷり楽しみます。タイ料理やインド料理のためにコリアンダーやセロリや玉ねぎやニンニクをいつも栽培し、常備しています。たべると、まとわりつく熱帯の空気がやってくる。和食もおいしいけれど、タイ料理のパンクでアナーキーな味を知ってしまうと、からだがその味覚を覚えていて、からだがほしがるのだ。

 

7.土着のいえとにわ

いえとにわは、つながっています。いえとにわは、わたしのからだの解放のためには、たいせつな空間。植物のしぜんを感じられるように、窓のつくりをおおきく。ガラスの窓は最大限におおきくして、ひかりと空気をとりいれます。にわは、わたしのいちぶです。にわのぐるりに好きな植物を植えて、わたしの植物園をつくる。わたしたち人間は、自然なくしては、生きていけない。くらしのなかで自然を感じられるのは、まずにわです。ちいさなにわをつくりましょう。おきにいりの空間になるはずです。まず土のうえにくらすこと。

おうちのつくりかた

おうちは平屋が好き。足のわるくなったセツローさんの介護をしたから、ますますそうおもう。セツローさんは自宅の2階へあがることができなくなると、しゅんと、ひとまわりもちいさくなられました。2階には、お気にいりのしごと場があったからです。しごとはその人を生き生きとさせてくれます。

しごと場のつくりかた

しごと場はそのひとをつくるばしょ。じぶんの自由なしごとをつくるばしょ。ちくちくするしごと場がなかったらわたしのしごとは、生まれてこなかった。ひとりで、ちくちくするしごと場は、台所とおなじように、じぶんの思想をつくり、わたしらしく解放するのです。

土着的な台所のつくりかた

台所は、畑につながっている。だから、土着のたべものをつくる。土とつながる台所をつくろう。ひとりでつかうときは、じぶんのつかいやすいように。わが家ではみんなでつかうので、鍋やうつわの並べ方など、みんなでつかうためのルールつくりをします。わが家では、鍋はふたといっしょに所定のばしょにしまうことになっています。ふたとべつべつにかたづけるとふたなしで、火にかけることになって、熱効率がわるいからです。また、かたづけるひとによってルールがちがうと、台所にいるあいだじゅう、探しものををしなくてはなりません。これもまた効率がよくないし、たのしくありません。すぐにとりかかれて、30分くらいで、10人分くらいのお昼ごはんをつくれるのは、こうしたかたづけルールが守られているからです。竹ざるに洗いあげたものを太陽にあてて乾かします。そうすることで、土もののうつわにしみた水分をのぞくことができるからです。

8.戦後やってきた
かぞくのしゅうかん

日本は、第二次世界大戦に負けて、戦後は、GHQにより占領され統治された。そもそも占領統治とは、GHQに国の支配権=主権をにぎられたということ。そのときに地主制度の解体がおこなわれました。そしておこなわれた農地改革は良いことだったと、村びとはいう。また村のくらしの台所革命があった!

アメリカからやってきた台所

村人の家には台所がふたつある。おくどさんとよばれる、しゃがんで煮炊きする台所と、今風のキッチン。村の台所革命は、キッチンカーなるものが、やってきてアメリカ式の台所へと、改修費用などの援助もあったといいます。ヘルスメイト食生活改善推進員にならないかと声をかけられました。戦後50年以上すぎ、すでに栄養はじゅうぶんなのに、システムだけが農村にのこっている。戦争に負け、栄養状態のわるかった戦後。ヘルスメイトはごはんと味噌汁より、パンと牛乳を普及したのでした。アメリカであまっている脱脂粉乳はララ物資として小学校の給食になった。アメリカの小麦の消費を拡大するために、牛乳をつかった料理のレシピをひろめたのでした。でも村の人びとは、かしこく、たべものを根源をみつめていました。いまでは高知の山間部のヘルスメイトの活動は、「わたしたちの健康はわたしたちの手で」と伝統食をみなおす。村のお話会に招かれたりしてそのようすをきくと、みそをつくったり、漬物をつくったり、高知の村につたわる料理の伝承につとめられています。

9.持続可能なふうふ

まず愛があるかどうか。わが家ではテッペイは根っこがパンクなひとなのでそれが好きでないとつづかなかった。なんでもまずNO!と否定から、問いかけるパンクなテッペイ。テッペイはだれともむかいあい、とことんつめよるのだ。いっぽう、わたしはオルタナティブな生きかたや土着の生活がしたかった。いまでもテッペイは田んぼや畑はしない。わたしは、田んぼも畑も好きで好きで、好きだから土着的なもののほうにむかう。わたしの土着生活もフェミニズムも、すぐには、うけいれられなかった。80年代の白人の女性だけにのっとられたフェミじゃなく、そろそろアジアやアフリカやインドやウイグルやバングラデッシュや日本の女たちと共感する土着フェミニズムになったから、きっとあたりまえの既成事実としてうけいれらてきたとおもう。

ひとりひとりが素を生きる。

じぶんらしく生きることを追求すると、ふうふいつもいっしょというのは、ちょっとちがうような気がする。
わたしが気もちがよくくらすことができるのは、服をつくったり、本をつくったりしてお金を得ることができるようになって、自立できたから。だれかに養ってもらうのは、気もちがわるい。
いっしょにくらしはじめて35年。わたしの世界があって、テッペイの世界もあって、だから、いまも持続可能なふうふであるといえる。旅したり、おなじものを観たり、お互いにかがみになって、意見する。だから、いまやっと土着のかぞくを共有し、土着の生活も共感できるようになり、持続可能なふうふになった。
持続可能なふうふになるまでには、よくけんかをした。たいていは、どちらがどの家事を分担するかについてだった。まるで、家のしごとを女のしごとのように、まかせてしまう男のひとがいるけど、男も女もひとりひとりが、家のしごとをして、じぶんのしごとをする。子育て中はおっぱい担当はわたしにしかできないので、負担が平等というわけにはいかないけれど、しっかりオムツの洗濯と、お風呂に入れるのを分担してもらった。こどもがおおきくなってからは朝ごはんやお弁当つくりもテッペイが。おかげで、いまわたしがしごとができるのは、そういう家しごとからの解放があったからです。ひとりひとりが素を生きることができたから。
いまは自由へのながい時間を共有したから、きっと土着の生活もいいなと感じてる。はちみつ採りや田んぼを手伝ってくれるようになった。

10.かぞくのかけいぼ

しごとのつくりかた

子育てしていると、社会からはなれて、孤立していると感じることがあった。はじめて展覧会をしたとき、服やもんぺをつくって、着てくれるひととつながった瞬間、とびあがるほど、うれしかった!わたしのつくったものをとおして社会とつながる実感があり感動した!しごとって、わたしが社会とつながる瞬間だったのだ。それがいまもわたしの根源の原動力になっている。しごとは、じぶんじしんの土着。

しごとってなんだろう

しごとはじぶんだけのしごとと、かぞくのためのくらしのしごとがある。いえのしごとは、かぞくで分担できるけれど、わたしのしごとは、わたしにしかできないもの。おうちを消費するばしょにするか、おうちを生産のばしょにするかは、くらしがしごと、しごとがくらしをどうすすめるかによります。かぞくで話し合い、家事シェアしましょう。

ていねいなくらし信仰

わたしをていねいなくらし派代表みたいに語られるとちょっと困る。パンクなテッペイは、いつも「しごとはしごと、くらしはくらし」だとはっきり、いいきる。そしてくらし派、ライフスタイル派とかいわれると、血気さかんにくってかかる。くらしなんて語るもんじゃない!とくらしは否定されるのだ。たしかに土着生活の田んぼも畑も日本みつばちもテッペイは積極的にはやらない。わたしが「くらしがしごとしごとがくらし」っておもっているのを迷惑がっている。でも、でも、そういう、ちからに抗うのがわたしらしい。くらしはわたしじしんってつよくおもう。くらしは政治だし、くらしが経済だ。ぎろんばかりの、あたまばかりの政治や社会は土着アナキズムに反する。からだで、土着的にくらしをつくる。そうやって、くらしがかわれば、いい。つくるのが好きだし、楽しみたい。なにより、田んぼや畑でじぶんのたべものをつくるのは、国に依存しない土着アナキストのしごと。種をまくことに土着の意味があるし、好きなのでついやってしまう。
くらしも、しごとも、わたしのものだから、ふうふで、べつべつ。ときどきケンカになることもあるけれど、こういうべつべつな思考もありなんですよね。だからうまくいってるのかも。いまのちゃんと、きちんと、ていねいにくらそうみたいなのは、息苦しい。もともと個人のくらしはそれぞれ自由だ。なんでもよそとくらべたり、あわせたり、あこがれたりするんじゃなくて、じぶんのうちがわからやりたくなってくるんだったらやればいい。
むしろ、ていねいな暮らし症候群におちいるのは、パンクじゃない。ていねいな暮らしの流行は、母親へのみえない圧力となったり、主婦だからできるんだよね、みたいにみるひとも。またフェミな女たちは、専業主婦だからできるんだともっといじわるだ。わたしは主婦じゃないし、専業主婦でもない。陶芸家のおくさんでもない。オノテッペイとハヤカワユミは、ひとりとひとり。それぞれ、べつべつにしごとをしている。8時間みっちり、服つくり、本つくりと、はたらいている。おまけに梅をつけたりのくらしのしごとも畑や日本みつばちも飼ってるし。このぶぶんの土着生活は好きなので、ついついまぎれてやっちゃって、パンクになる。しごととくらしがめちゃくちゃにいそがしくなり、混沌になるのだ。
でも家事シェアをすると、もっとみんなで楽しくできるはず。女だけがしごとも家事もするのは、フェアじゃないし、フェミじゃないね。ていねいにしすぎるのは、ジェンダーフリーじゃない。かぞくみんなの家事シェアや男の家事参加がひつようだ。わが家もいそうろうや、テッペイの家事シェアがある。朝早起きだから大好きな洗濯と朝ごはんをつくる。うちでは家事シェアできている。みんなでつくるごはんだから家事シェアできてる。ていねいなくらしみたいに、おもわれているけど、じつは、みんなで家事シェアできているってこと。なんでも、つくるのが好きなだけ。お弟子やみんなも土着生活やつくるのが好き。だからていねい生活とみられる。ちゃんと、きちんと、ていねいにと決めつけられると、わたしも苦手かもしれない。

すこしまえの土着的くらしへ

50年くらいまえの昭和なくらしにもどると、家のしごとがふえるけどそのぶんお金を得るための経済活動がすくなくなる。だって、消費するためのお金はいらないわけだから。家を生産するばしょにするには、知恵と時間と手がひつよう。それをかぞくやいそうろう、お弟子とシェアしたり、土着生活を分担します。土着生活はお金を稼ぐしごと以外にするしごとだけど、ブルーベリーやすももや梅をもぐことは、たのしい。気もちがもりあがるのは、まちがいない。手のしごとがふえれば、ふえるほどかぞくの自己肯定感のあがります。そしてしあわせ感もますのです。ゆたかなくらしってこういう土着生活のことじゃないのかな。

お金のもんだい

お金をどうかせぐかは、じぶんの好きなしごとをみつけること。じぶんの好きなしごとでお金をつくるのは、そんなに苦しくない。搾取するひともいないから、自分のペースで楽しんでできるからです。かげりをみせてきた資本主義、コロナ後の世界では、土着生活やギフトエコノミーが主流になる。おくりもの経済の時代がやってくるはず。もともと自然はぜんぶ、おおいなる、おくりもの、ギフト経済、だ。一本の梅の苗木を植えるか、梅干しを買うかは、おおきなちがいです。梅の木は、まいとし、まいとし、梅のおくりものをとどけてくれます。梅をもぐという土着的なしごとは、わたしの人間としての、たぶん縄文時代からの遺伝子をまんぞくさせてくれます。
狩猟採集したい気もちは土着生活だ。梅を買うことはなくなり、友人にもギフトできるようになります。お金のもんだいは、どんどんちいさくなります。「買わないくらし」へ生きかたをシフト。じぶんでつくれば、お金の心配もわずかになるはずです。

ぶつぶつこうかん

これもまたギフトエコノミー。もうひとつの経済。おくりものをすると、つぎはかならず、お返しがあります。ぶつぶつこうかんも、お金にかわる生きる術。村ではたくさん収穫があると、まずご近所さんにくばっておく習慣があります。そうすると、こんどは別のものになってかえってくる。村の経済活動です。たけのこ、なす、ニラ、大根、ピーマン、玉ねぎ、お野菜はもとより、こんにゃく、おとうふ、おから、ちらしずし。東京から来た友人は、玄関先にたべものがあると、「こわい!」というのですが、でも村では常識。村びとのだれがおいてくれたか、だいたい想像がつくので安心です。

 

11.土着生活のための、
土のがっこう

土つくり

高知に移住してから、畑の土つくりの日々でした。いまでは、耕運機などで天地をひっくりかえさないように土を大切にして、なるべく自然農法にちかいかたちでつくっています。というのもある映画をみたからです。農薬がよくない、わるいとおもっていたのですが、除草剤や化学肥料によって、表土がずたずたになって保水能力がなくなっているから地球の環境そのものもおかしくなってしまったという。この映画のお話をきいて、まず草をはやすこと。地表をなにかでおおっておくことがだいじだと気づいた。そうすると土のちからをとりもどしていくのです。土をむきだしにしないで、自然のちからや草を肥料にするという発想で、やっと畑の土つくりができつつあります。

土と微生物

しいたけファームから廃菌床をもらい、田んぼや果樹園や畑にいれています。そうしたら、指がずぼっと、土のなかにはいるようにやわらかくなり、玉ねぎやにんにくやしょうがや、土のなかにできるものが、よく太るようになりました。土がふかふかになり、みみずが増えました。土のなかの微生物が生き生きとした土つくりにはひつよう。酵素液や野菜ののこりにらっきょう酢をうすめていれてつくります。畑も田んぼもからだもおなじように酵素に満ちて、ぶくぶく発酵して循環します。

畑と田んぼと果樹園

果樹園の日本みつばちがすくなくなりました。お米につくカメムシ退治のための農薬ネオニコチノイドが原因かもしれないと知って、工房の目の前の田んぼでお米をつくりはじめました。夏のコナギの草取りがたいへんでした。栃木の民間稲作研究会の稲葉光圀さんの糠ペレットをいれて乳酸発酵をさせて、田んぼへの日光をさえぎり、抑草する方法をとりいれ、実験中です。

むらの土着生活をめざす

だれしもが、ちいさく畑をつくって、じぶんのたべものをつくる。そうすると、自然とのかかわりからいのちの学びが生まれます。コロナ後の土着生活にもいろんな変化がおきています。じぶんのたべものをちいさく自給することが、社会にひろまれば、おおきな社会への変革になります。昭和30年代には、かぞくの衣服をつくり、ちいさな菜園をもちじぶんのものは、つくったり、ブリコラージュして、つぎはぎなくらしをしていました。そのころの経済は、農村ではずいぶん自給ができたのです。いまでもむらのおばあさんはニラやねぎのしごとをしながら米と野菜をつくり、たくわんや梅干しやみそを自給する。そんなむらの土着生活にちかづきたい。

ちいさな菜園をもつ

じぶんの畑で野菜をつくると、生命力のある野菜をたべられます。ロシアのダーチャやドイツのクラインガルデン運動。シュレーバーは生きがいや余暇の楽しみのためにだけではなくて市民の憩いの場として菜園運動をすすめました。ひとり100坪くらいのちいさな畑で雨水を利用してオーガニックな野菜と果樹をつくります。自給自足のたべものが、街の緑化になるばかりか、市民のからだを健康に。

畑つくり

5ヶ所のちいさな畑を耕し、種まきして、さまざまな野菜をつくっています。8月のいまの畑にあるものは

【ラブミー畑 】2畝
しそ、バジル、ちしゃ菜、ネギ、
ルッコラ、ガパオ、パセリ、ナス、
ししとう、きゅうり、ミニトマト

【スーダラ畑】8畝
さつまいも、らっかせい、大豆、
ゴーヤー、いんげん、とうもろこし

【ブータン畑】1反
大豆、ヤーコン、里芋、ナス、ピーマン、
ししとう、唐辛子、かぼちゃ、オクラ

【ガンジー畑】8畝
しょうが、里芋、まこもたけ

【ティック・ナット・ハン畑】2畝
大根、じゃがいも

【ダライ・ラマー田んぼ】1反

オーガニック給食をひろめよう

こどもたちの学校給食がオーガニックになると、こどもが元気になります。おまけに無農薬でお米をつくると地域の活性化になります。地域ぜんたいでとりくむことで、こどものみらいのからだをつくることに参加してもらう。有機リン系の農薬を使用した野菜やくだものを多く摂取すると発達障害、自閉症ADHD(注意欠陥多動障害)を発症する確率が高いといわれています。ちいさなこどもの農薬汚染に気をつけなくてはなりません。

ちいさな果樹園

ちいさな果樹園は8段の棚田1反半に梅、すもも、あんず、びわ、ブルーベリー、かりん、くるみ、シークワーサーを植えています。日本みつばちの巣箱に10年まえには、8箱ほどはいっていたのが、いまは3箱、激減しています。でも日本みつばちがいるから実のなりかたがいいです。

木を植える

木を植えるのは楽しい。10年ぐらいたつ、梅やビワやすももやくるみや柿。みんなわたしの背よりうんと高くなって、ゆたかな実をたわわにつけます。すばらしいおくりものです。梅干しを1000円で、買うか、梅の木を1000円で買うかは、おおきなちがいです。梅の苗木は細くて、こころもとないけれど、1本植えると、3、4年でまいとし、まいとし、つぎの世代まで、わすれずにおくりものをみのらせるのです。それは自然のめぐみ。木を植えたひとだけがあじわえる、よろこびです。

はちみつの自給自足

日本みつばちを飼い始めたのは、2007年からです。村の晴一さんが飼っていた巣箱を20箱くらい、ひきついだからです。そのころは、8箱の巣箱に日本みつばちがはいっていました。ふえたり、へったりしながら、じょじょにすくなくなっていきました。農薬ネオニコチノイドが原因ではないかといわれています。いまはいっているのは、たったの3箱です。はちみつの自給自足。以前はたやすくできていましたが、じょじょにむつかしくなって、いまは昔に採ったものをすこしずつたべています。

 

12. 畑という宝 ― 資本主義にかわる土着というオルタナティブ

コロナ禍の時代

コロナ禍、どう生きるか。世界に抗うためにむらで土着的に生きる。そのためにひつようなものは、田んぼや畑や果樹園。2020年どうしてコロナの時代になったのかは、ほんとうのことは、よくわからない。でもなるべくして、こういうことがおきているような気がする。コロナウイルスが自然の由来のものか、武漢の研究所からもれでたのか。いまはわからなくても、あと10年ほどたてば、わかるようになるだろう。でもひとついえるのは、どんな時代になっても、この村での土着のくらしは、そうかわらない。田植えをし、畑に種まき。ちくちく服つくり。本つくり。ここの土着生活のたしかなこと。コロナ禍になったことで、田んぼや畑は、宝ものだなとつよく実感した。うすうす、こういう時代がくると感じていたし、予感したひともいた。だから田んぼをはじめたり、畑をひろげ耕してきたのです。

日本の食料自給率は37パーセント。

コロナで、緊急事態宣言がだされ、食料の自給率がとりざたされた。1965年には73パーセントだったのが、わずか55年のあいだに半分に。輸入もとまって小麦がなくなるとか、食料が不足すると予測する人がいた。それで、たべものの備蓄についてかんがえた。梅干しやみそがたっぷりあれば、あとはお米があれば、なんとかなるかもしれない。もちろんじぶんたちのつくるお米だけでは足りないので、村人にゆずってもらってのおはなしです。なので、ちくちくしごとをへらしても、たべるものをつくろうとおもいました。コロナ禍で、いろんなしくみがかわろうとしている。資本主義のグローバル経済はかげりをみせ、もともとおおきな成長をめざしていく経済のもんだいがうかびあがってきた。このままでいいのか。ゆたかさってなんだろうと、土着的なもののほうへむかっている。
むらへの移住。畑。もっと国内でつくれるものをつくる、ものつくりの原点にもどりたいなとおもう。いままでは右肩あがりの経済成長をめざしていた社会も、目覚めた人びとは、もっと本質的な土着的なことを考えている。じぶんのことだけではなく、もうすこし、ひろげた仲間やグループでシェアする生きかた。じぶんのあたまで考え、行動する生きかたがもとめられるとおもう。テレビや新聞は、ほんとうを語らないから、もうひとつの情報をじぶんたちで共有して発信していくこともひつよう。
ものつくりの手という資本

うたうたいに、声があるように、ものつくりには、手がある。手があれば、なんでもつくることができる。お金だけを信じると不安になるけれど。わたしたちは、いつでもあたらしく生みだすことができるのです。

未開のひとの土着のものつくり、
つぎはぎブリコラージュ

未開のひとびとは、みたてて、道具やらものやら、土着的につくりだしていく。お金で買うことより、いまあるものを、工夫してつくりだすことが、たのしい。お金がなくても生きていけるのは、使い道を考え、応用して、ちがう用途に役立てる土着的なものつくり、つぎはぎというくふう、ブリコラージュという方法をもっているからです。ほしいものがあったら、まずなにかで代用できないか。いまあるものをつぎはぎしてくふうするブリコラージュして、くらそう。

 

13.火を焚くくらし

火のあるくらしは土着の生活。火は縄文時代からつづくもの。だから火のあるくらしをしたい。お風呂や薪ストーブやまき窯や焚き火。縄文時代の人々にとって、火はたいせつなものでした。煮炊きやからだを暖めるもの。いまのくらしのなかで、火というと薪で焚くお風呂、薪ストーブ、薪の窯。火のあるくらしが根源的なことをおしえてくれる。

薪しごと

物部村の森林組合には、松の原木がたくさんキープしてあって、いちどに30本くらい大きなトラックで運んでもらいます。こんどは、チェーンソウで50センチに切ってから軽トラで運んで、薪割り機で割ります。割った薪は、積んで乾燥させます。

薪ストーブ

薪ストーブはほんとうに芯からあたたまる。灯油ストーブやオール電化の暖房とちがって火を焚くよろこびがある。おまけに薪割りや小枝あつめで、からだがあたたまる。ストーブのうえには、いつもなにかしら、おいしそうなスープや豆がくつくつ煮えています。火がみえるので、つい家族があつまってきます。あたたかい薪の火に手をかざし、鍋のスープをくるくるまわします。

お風呂

いちにちのおしまいに、薪で焚くお風呂にはいると、からだがほぐれます。お湯のちがいがわかります。井戸水で、薪で焚くと、ほんとうに水のなめらかさと、温まりぐあいが灯油やガスとは、はっきりちがうのです。草木染めも薪の火で染めるとよく染まります。温度があがればいいというものでもないものが、火にはあります。おなじように陶芸の薪の窯も、ガス窯ではできないような薪の灰の溶けたものや、火の走った方向がわかるほど、おなじように均一に焼けるのとはちがうなにかがあるようです。

焚き火

畑で焚き火するのが大好き。草や落ち葉や木くずを燃やすだけなのですが、こころもからだも、草のけむりと香りに燻されてほっこりします。こういう土着のくらしをしたかったのだと。太古大昔からこの火と生きてきた感じが、からだのおくそこからふつふつしてきます。世の中がかわっても、この火や焚き火はかわらない。そういう根源的な農の循環のなかにあるのが、火なのです。今日の農業は、けっこう戦争から生みだされたものとつながっています。藤原辰史さんの著書「戦争と農業」には戦争の技術が田んぼや畑へやってきたといいます。火薬から化学肥料。戦車がトラクターや耕運機。毒ガスが農薬へと運用されています。だから、化学肥料やトラクターや農薬をつかわずにくらすためには、自然農をこころざしたいのです。

14.土着アナキストかぞく ――
みんなでつくって、みんなでつかう

かつて伊藤野枝というひとがいた。伊藤野枝はフェミニズム的な生きかたをはじめたひと。大杉栄と、おい橘宗一らとともに関東大震災の直後に憲兵らに虐殺されてしまいました。子育てしながら、文章を書き、女性解放運動家として生きた。そしてかけぬけるようにアナキストとしても生きたのでした。大杉栄の弟子たち数人と共同生活をしていたのでした。

犬どもに虐殺さる

80年代に名古屋の覚王山の日泰寺でひらかれた橘宗一くんの墓前祭に参加したことがきっかけとなり、伊藤野枝を知りました。わたしの根っこになったもうひとりのひと。「犬どもに虐殺さる」とあったお墓の言葉の拓本をとらせてもらいました。それがいまも深く記憶にのこっています。伊藤野枝がすでに、そんなに大昔に結婚制度を否定し、「自由母権の方へ」という文章を発表しているのです。またミシンのように水平につながるひとびとを想像しています。たてじくの社会じゃなくて、よこじくに水平につながる社会。コロナ後は、国というより、民なるもの、土着のひとが、わたしたち、まんなかの民意が、世界社会をうごかすように。

かぞくと共に産みだす

土着生活のコミュニティ、共に産みだす社会へコロナ禍でかぞくでおうちにいることがおおくなった。家庭は、もともと、みそや梅干しや米や野菜や、たべものをはじめ、衣服を生産するばしょだった。お百姓さんは、ちいさな小屋つくりやおうちの修繕などは、じぶんでやってしまう。でもいまでは、家庭は消費するばしょ。コロナでおうちにいるあいだに、すこしずつでも、じょじょに、おうちを生産するばしょにできないものかと、おもいはじめました。それで、畑でとれるもの、にんにくの芽のソース、柚子ごしょうなど、いままで買っていたものをつくろうということに。ナムプリックやゆずごしょうやポン酢やグラノラをつくりはじめました。つくると、おいしく、どれも、かんたんにつくれておどろきました。

よわきものとつながる土着の民

よわきもの、ちいさきものの立場にいること。わたしたち、女性は差別される側です。男とくらべると、おおきなちからの差があります。ちからだけじゃなく、たとえば、女性管理職が少なくて、平均収入も男と比べると43.7パーセント少なかった。日本の衆議院では女の占める割合は9.9パーセントで、世界平均の26.1パーセントより、うんと低いのです。ぜんぜん男女平等の社会じゃない。もっと平等になろうと、意識は変わってきていいはずなのに、かていやしごと、政治のばめんでは、まるで平等じゃない。そればかりか、コロナ禍では、おうちにみんながいることになり、DVドメスティック・バイオレンスの被害がおおくなったとも。
立場の弱いひとは、アジアからアフリカから入国しているひとも。日本語を学び、いつか日本語の教師になるのを夢みていた。スリランカの女性ウィシュマ・サンダマリさんが、名古屋の出入国在留管理施設で3月に亡くなった。ひとを人間として、人間らしく、あつかってほしかった。オーバーステイで収容され、年明けから体調を崩していたという。どういう経緯でなくなったのか、十分な治療もうけられなかったことが、死因につながったのではないでしょうか。
遺族側の代理人弁護士は当時の施設内を撮影したビデオを公開するように求めています。わたしたち土着のアナキストやフェミニストは、つねに弱い立場のひとに共感し、いっしょに、感じたり、声をだしたりしていかなくてはっておもう。なるべく、弱い、ちいさなところからの目線で生きていきたい。フェミニズムは今までながいあいだ、アメリカの白人のアッパークラスのものだった。これからは、わたしたちアジアやアフリカやシリアやアレッポの女たちと共感するための土着のフェミニズムをとりもどしたい。

15.むらにくらす

むらの土着のくらしをまもるもの

それは日々、としつき。高知の山のてっぺんの谷相に移住して23年。くらしははるなつあきふゆと23回のめぐり。はるには、はるのよろこびがあり、なつには、なつのはつらつさがあり、あきには、あきのこころのふかまりがあり、ふゆには、ふゆのたのしみがある。土着のひとびとの日々の巡り。地球の循環というおおきな輪のなかにあるものです。むらのひとに習って梅干しは23回漬けました。みそも23回つくりました。お茶も20回はつくっています。野菜の種まきと種採りも23回。田んぼは4回。こうしてかぞえると、一瞬の、あっというまの出来事のようです。どんなに世界が変わろうと、世界に抗う土着のくらしがあるから、谷相のはるなつあきふゆは、巡るもの。わたしのくらしは、おおきな自然とともにあるむらの土着の営み。

くらしと自然

わたしと自然。人間はもともとが自然の生きもの。人間が守るべきものは、じぶんとじぶんのまわりの自然。自然と人間は、よりそって生きている。自然がおおきくかわるとき、人間はいろんな選択をせまられる。いまのコロナの時代はそういうときなのかもしれない。このままの消費する生活では自然を使い尽くすという、現実のもんだいに対するオルタナティブな思想がひつよう。

土着の山の神さま

山の神さまが村のまんなかにある。土着の信仰。田んぼ、お米の神さま。山の神さまが村びとのこころのなかにどっしりとあるから、ふらふらゆるがない気もちになれる。種の神さまがまんなか。
2月 種もみを井戸水につけて、芽出しするとき
4月 清明祭のときには、田んぼを耕すとき
7月 夏祭りイナズマさま
11月の収穫祭
12月は山の神さま(稲の神さま)が山へもどるとき

たねの神さま「あえのこと」

能登半島にある「あえのこと」は種が山にもどられる原始的なお祭りです。まず田んぼにいって種の神さまを背中におんぶして、おうちのなかにつれてきます。床の間には、おおきな稲の種もみの俵をつんでおきます。目が見えないので、お風呂にまずご案内します。「お背中を流しましょう」といって背中をごしごし洗ってあげます。ごちそうがならんでいるお座敷にすわってもらいます。さいごは、お布団のしいてあるお部屋へ案内し、ねむってもらいます。「あえのこと」はいまここで祀られている高知の山の神さま信仰の原型。

うつくしい土着のくらし

棚田の風景にはこころゆさぶるものがある。土着の原郷。ユウグレ、カワタレどきには、しんとして、息をのむほどに、うつくしい。これの風景は民なる村人が田んぼを耕す、土着のくらし。うつくしいのは村びとの田んぼ、稲作というしごとが、土着的なうつくしさをつくっている。こういう意味で、田んぼは個人的なものというよりかは、村の風景をつくる、土着のぜんたい性。社会的なものという意味がある。うつくしいくらしは、うつくしいをつくる村びとによるもの。うつくしい風景は、世界に抗う土着の民なるもののしごと。

循環する冬水田んぼ

ふゆのあいだの田んぼにお米のぬかをお水をはって還します。これを冬水田んぼという。田んぼのときの稲刈りの稲わらとモミも冬水田んぼにいれます。そうすることで、乳酸菌発酵し田んぼにちからがつく。

16.うつくしい土着のくらしに
ひつようなもの―
本と映画と音楽と絵のあるくらし


「アナーキスト人類学のための断章」デヴィット・グレーバーほか
「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」デヴィット・グレーバー
「ゾミア 脱国家の世界史」ジェームズ・C・スコットほか
「実践日々のアナキズムー世界に抗う土着の秩序の作り方」ジェームズ・ C・スコット
「ほんのちょっと当事者」青山ゆみこ
「緑の資本論」中沢新一
「土と内臓ー微生物がつくる世界」ディビット・モントゴメリー アン・ビクレー
「野生のおくりもの」早川ユミ
「説教したがる男たち」レベッカ・ソルニット
「わたしたちが沈黙させられるいくつかの問い」レベッカ・ソルニット
「土のがっこう」スペクテイター<47号>
「火を焚きなさい」山尾三省
「狭い道」山尾三省
「発酵の技法」サンダー・キャッツ
「発酵教室」サンダー・キャッツ
「女たちのテロル」ブレディみかこ
「人類堆肥化計画」東 千茅
「フェミニズムはみんなのもの情熱の政治学」べル・フックス
「私たちには言葉が必要だ フェミニストが黙らない」イ・ミンギョンほか

映画
「キス・ザ・グラウンド:大地が救う地球の未来」監督ジョシュ・ティッケル
「リンドグレーン」監督ペアニル・フィシャー・クリステンセン
「シード~生命の糧~」タガート・シーゲル ジョン・ベッツ

音楽
青葉市子「いきのこり●ぼくら」アルバム「アダンの風」
友部正人「朝は詩人」「夜は言葉」アルバム「奇跡の果実」
LUCA & haruka nakamura「アシリレラ」
電気グルーヴ「虹」
カラワン楽団「コメのうた」


丸木スマ
ミロコマチコ

写真
「戦場」亀山 亮

アーティスト
ニキ・ド・サンファール
スーザン・チャンチオロ
ルイーズ・ブルジョワ

 

あとがき

土着の民なる芸術が、わたしを自由に解放する
ガンジーのスワデシとスワラジ。
むかしへつながるみらい。

コロナ後の世界は、たべるものや、衣服や、
土着のくらしをつくることが、しごとになる。
ガンジーのことばをおもいだそう。
ガンジーはスワデシとスワラジをスローガンにした。
スワデシとは、じぶんのたべるものをじぶんでつくること。
インドの村々で、それぞれの自立をめざして
じぶんのたべものをつくることをはじめたそうだ。
スワラジとは、そうした、つくるくらしで経済的にも自立することです。
村びとが自立して、おおきな国単位の政治からも自立、独立して、
ちいさな村からの自治をすること。
土着の民なるひとびとの政治。

国や政府のいうことをすぐ聞いちゃって
まじめにがまんして、すべてを犠牲にして生きるんじゃなく
国の政治に依存することをやめる。

うえから決められる政治に抗う土着の方法。
したの村々から、民衆ひとりひとりがじぶんの考えで決める。
じぶんたちで自治をする。
土着を生きるためのアナキズムだ。
ガンジーが塩の道の行進でなしとげたように、
じぶんたちの塩はじぶんの国でつくること。
イギリスの植民地だったインドは、イギリス製の塩を買うことになっていた。
ガンジーはみんなができる、歩くことで、社会を変えた。
デモンストレーションのように、大声でシュピレヒコールすることじゃなく、
塩をつくる、たべものをつくる、くらしをつくる、
いっぽずつ、消費する生活をやめる、土着的にくらすことで社会を変える。
しずかに歩くことやピクニックやみんなで歌をうたうことで社会を変える。

土着の民なる芸術運動 - 自由と解放のために生きるための。
スラデシとスラワジができれば、社会から独立して自治することができるのです。
これこそ「かぞくのかていか」のめざすところの
土着アナキズム+土着パンク+土着フェミニズムだ。
これらのオルタナティブな思想は、むらの土着の思想の未来形。
ぐるぐる混沌からグローバル経済からぬけでる方法をみつけよう。
右肩あがりの成長経済もやめて、ちゃんと循環する気もちのいい経済と思想
ゆっくりじぶんの土着のうつくしいくらしをつくろう。
「買わないくらし」で資本主義からぬけだし、
「つくるくらし」で社会的に自立し、独立する。
もちろん女たちがこっそり中心な、ジェンダーフリーで。
アナーキーなフェミニストたちが土着のくらしを平和的にするりと。
わたしたちの日常、くらしが変われば、社会はきっと変わる。
「くらしがしごと、しごとがくらし」な土着の生きかたが世界を変えてゆく。
わたしとかぞくとのくらしからこそが、コロナ禍に国から自立をつくる現場なのだ。
だからといって、右よりな、かぞく主義におちいらないよう。
かぞくがひとりひとり、自由に生きるために、女たちを男たちを解放する芸術を。
コロナ禍のいまこそアートがひつよう。畑がひつよう。
日本みつばちの巣箱がひつよう。
土着がひつよう。

 

ふろく

わたしには、土がひつよう

土さえあれば
わたしは畑を耕し
たねを土のなかにまく

やがて雨がきて
やがて風がきて
やがて月がきて

土着のくらしを生きるため
わたしのからだをつくるため
わたしのこころをいきいきとさせるために
土着のたべものをつくる
たべものは、えいようじゃなく
たべものは、生命エネルギーのかたまり
たべものは、いのち

川には川のひととなりがあるように
土着には土のひととなりがある
  
くらしは土着そのもの
  
アイヌのアシリ・レラのことばによると、
どうぶつは、みんなうんちにくるんで種まきする。
わたしたちにんげんだけが、うんちを水に流して、種まきしない。
おおいなる自然の循環のなかに生きていないのだと。
これからの時代、おんなたちが、おおいなる循環のしごとをする。